競泳・池江璃花子「努力は必ず報われる」～白血病から復活し、ロサンゼルス五輪を目指す池江璃花子の挑戦

競泳・池江璃花子「努力は必ず報われる」～白血病から復活し、ロサンゼルス五輪を目指す池江璃花子の挑戦

18歳で白血病と診断された水泳界のエース

2019年2月、当時18歳の池江璃花子は、自身のSNSで衝撃的な発表をした。「白血病と診断されました」。その知らせは日本中を駆け巡った。前年の2018年アジア大会で6冠を達成し、東京オリンピックでのメダル獲得が期待されていた矢先のことだった。

高校時代から頭角を現し、16歳でリオオリンピックに出場、そして100mバタフライや50m自由形などで次々と日本記録を塗り替えてきた彼女のキャリアが、突如として中断されたのだ。「なぜ私が？」という思いに苛まれながらも、池江選手は病気を受け入れ、闘病生活に入った。

厳しい闘病生活と家族の支え

急性リンパ性白血病の治療は過酷だった。長期にわたる抗がん剤治療により、髪の毛は抜け、体重は10kg以上減少。かつて記録を塗り替え続けた体は、日常生活すら困難な状態になった。

「抗がん剤の副作用で吐き気や倦怠感が続き、一日中ベッドから起き上がれない日もありました」と池江選手は後に語っている。特に辛かったのは、アスリートとしての自分のアイデンティティが揺らぐことだった。

この困難な時期を乗り越えられたのは、母や兄弟をはじめとする家族の支えがあったからだ。特に母親の存在は大きく、小学生の頃から水泳に打ち込む彼女を見守り続けてきた母親は、闘病中も常に側にいて支え続けた。「母の強さに何度も救われました」と池江選手は感謝を示している。

また、全国から届いた応援メッセージも大きな力となった。「本当にたくさんの方からの励ましをいただき、感謝しかありません」と振り返る。その闘病生活のなかで、彼女は「努力は必ず報われる」という名言を残した。この言葉は多くの人の心を動かした。

復活への道：25メートルから始まった再起

2019年12月、10ヶ月の入院生活を経て池江選手は退院を果たした。しかし、それはゴールではなく、新たな挑戦の始まりだった。退院後も別の大きな病気を経験するなど、その道のりは決して平坦ではなかった。

彼女は退院後の体験をこう語る。「退院した時、25mを泳ぐのもやっとでした。高校時代、プールに入ると必ず100m以上は泳いでいたのに、25mでも苦しくて。泳ぎ終わった後は、全身の筋肉が悲鳴を上げるような感覚でした」

復帰への道のりは、文字通り一歩ずつのリハビリから始まった。最初は歩くことすら容易ではなく、階段の上り下りにも苦労した。プールに戻れるようになった時も、かつてのフォームを取り戻すのは簡単ではなかった。

その過程で池江選手が大切にしたのは、「今の自分にできること」を一つひとつ積み重ねることだった。かつてのタイムとの比較ではなく、昨日の自分より少しでも良くなることを目標に。所属するルネサンス亀戸のコーチたちも、彼女の復帰を全面的にサポートした。

奇跡の復活：東京オリンピック出場

白血病の診断からわずか2年後の2021年4月、誰もが驚く出来事が起きた。池江選手は日本選手権の女子100mバタフライで優勝し、東京オリンピック代表の座を勝ち取ったのだ。医学的にも驚異的な回復と言われ、「池江璃花子奇跡」と称されるほどの復活劇だった。

「正直、こんなに早く代表に返り咲けるとは思っていませんでした。白血病と診断された時は、もう二度と泳げないかもしれないとさえ思いました」と彼女は優勝後のインタビューで語った。

2021年夏に開催された東京オリンピックでは、個人種目でのメダル獲得には至らなかったものの、彼女の復活そのものが多くの人に勇気と希望を与えた。オリンピック後のインタビューで彼女は「メダルを獲得することはできませんでしたが、病気を乗り越えて再びオリンピックの舞台に立てたことに大きな意味があると思っています」と語った。

その後も池江選手は競技を続け、次なる目標に向かって歩み続けた。2024年のパリオリンピックにも出場を果たし、さらなる経験を積んだ。

現在の池江璃花子：パリを越えてロサンゼルスへ

現在25歳（2025年時点）の池江選手は、白血病を完治させ、パリオリンピックを経て、さらに先を見据えた挑戦を続けている。引退の噂も一部で流れたが、彼女はそれを一蹴し、2028年のロサンゼルスオリンピックを目標として掲げている。

「まだ挑戦できることがある。白血病を乗り越えた経験を無駄にしたくない」と彼女は語る。闘病期間を経て通常より競技寿命が短くなる可能性も指摘されるが、「それだからこそ、一日一日を大切に、集中して練習に取り組みたい」と前向きだ。

現在のタイムは全盛期に近づきつつある。100mバタフライでは56秒台を記録し、世界ランキングでも上位に食い込む可能性を示している。特にスタートやターンの技術面での改善が顕著で、「病気前よりも技術的に洗練されてきている」と評価されている。

彼女は高校時代は名門・淑徳巣鴨高校で頭角を現し、大学は日本体育大学に進学。所属チームであるルネサンス亀戸では、後輩の育成にも関わりながら、自身の競技力向上に励んでいる。また、インスタグラムでは練習の様子や日常を発信し、多くのファンに支持されている。

練習方法の進化：経験を活かした取り組み

2025年現在の池江選手の練習メニューは、白血病前と大きく異なる。かつては量をこなすことで体力と技術を高めていたが、今は質を重視したトレーニングに切り替えている。

「単に泳ぐ距離を増やすのではなく、一泳ぎ一泳ぎの質を高める練習を心がけています。体に無理をさせず、効率的に力をつける方法を模索しています」と彼女は説明する。

コーチの指導のもと、最新の科学的知見を取り入れた練習法も採用。水中映像を詳細に分析し、わずかな動きの改善にも取り組む。また、かつては軽視していた陸上トレーニングにも力を入れ、筋力と柔軟性のバランスを重視している。

「病気を経験して感じたのは、体のコンディショニングの大切さです。今は泳ぎの技術だけでなく、体のケアにも時間をかけています」

白血病という経験が変えた価値観

「白血病になる前は、勝つことだけが目標でした。記録を更新することしか考えていなかった」と池江選手は振り返る。しかし、命の危機を経験したことで、彼女の価値観は大きく変わった。

「今は『泳げること』自体に感謝しています。勝敗ももちろん大切ですが、プールに立てること、水を感じられること、そして応援してくれる人がいることの素晴らしさを実感しています」

この価値観の変化は、彼女の精神的な成長を物語っている。闘病前は結果にこだわるあまり、練習でうまくいかないとイライラすることも多かったという。しかし今は、過程を大切にし、一日一日の積み重ねを大切にする姿勢へと変わった。

「白血病になって初めて気づいたことがあります。それは、健康であることがどれほど幸せなことか、ということです。普通に歩けること、普通に食べられること、普通に会話できること。当たり前だと思っていたことの全てが、実は奇跡のような尊いものだったんです」

ロサンゼルスオリンピックへの挑戦

2028年、ロサンゼルスで開催されるオリンピックに向けて、池江選手は新たな目標を掲げている。「白血病を乗り越えた経験を生かし、ロサンゼルスオリンピックでメダルを獲得したい」と彼女は語る。その時、彼女は28歳。水泳選手としては決して若くない年齢だが、彼女の目には強い決意が宿る。

「年齢というのは数字でしかありません。大切なのは心の持ち方と日々の積み重ねです。白血病を経験して学んだことは、『諦めなければ必ず道は開ける』ということ。ロサンゼルスに向けて、一日一日を大切に積み重ねていきたいと思います」

2025年現在、彼女はロサンゼルスまであと3年という時点で着実に準備を進めている。パリオリンピックでの経験も糧にしながら、さらなる高みを目指している。

彼女のロサンゼルスへの挑戦は、単に個人的な栄光を求めるものではない。「私の挑戦が、何かの困難に直面している人たちの希望になれば」という思いが根底にある。病気や怪我など、さまざまな困難に直面するアスリートや、人生の困難と闘う全ての人々に、諦めなければ道は開けるということを示したいという強い願いがある。