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高速バスに乗って、文庫を開いた。10ページで手が止まる。しおりを挟んで鞄に戻し、あとの3時間は窓の外を見ていた。そういう日が何度か続くと、次からは本を持っていかなくなる。
この「読めなさ」は、集中力の話でも、意志の話でもない。学会が出している乗り物酔いの予防のなかに、答えがそのまま書かれている。
こんな人に向いています
- 車やバスの移動時間を、何かに使いたいと思っている人
- 本を開くと気分が悪くなるので、最初から持っていかない人
- 後部座席の子どもが酔ってしまい、車内での過ごし方に困っている人
逆に、乗ったらすぐ眠ってしまう人や、車中の会話が目的の移動をしている人には、この話は要らない。移動をそのまま休息にあてるのも、体には合っている。この記事の最後には、移動の形ごとに何を選ぶかのカタログを置いた。
「本を読まない」は、乗り物酔いの予防として挙げられている
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が挙げる乗り物酔いの予防は6項目ある。その4番目が「本を読まない。遠くの景色を見る。」だ(一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「乗り物酔い」)。
同じページには、こんなことも書かれています。乗り物酔いは正しくは「動揺病」と呼ぶこと。小中学校の児童・生徒の30〜40%にみられ、女子のほうが多いという統計があること。幼児や高齢者は酔いにくく、小学校入学後から酔いやすくなること(同学会「乗り物酔い」Q1)。全部で6つ。並べるとこうなる。
| 乗り物酔いの予防(全6項目) | |
|---|---|
| 1 | 前の日はよく眠る。食べすぎをしない。 |
| 2 | バスは前から4・5番目の席、船は中央部に乗る。 |
| 3 | 乗り物内の換気をよくし、いやなにおいがこもらないようにする。 |
| 4 | 本を読まない。遠くの景色を見る。 |
| 5 | 気分をまぎらわすため、歌をうたったり、ゲームをしたりする。 |
| 6 | 校医や主治医の先生に相談して酔い止めの薬を飲んでおく。 |
この現象は人間工学の分野でも研究が重ねられてきた(平柳要「乗り物酔い (動揺病) 研究の現状と今後の展望」人間工学 42巻3号)。
座る場所や換気と同じ列に、読書が置かれている。つまり移動中の読書は、酔いやすい人にとってやめたほうがよいことの側に分類されている。
ここまでは事実の確認だ。では、なぜ読書が名指しされるのか。
なぜ本を読むと酔うのか|内耳と目のあいだで起きていること
体を支える平衡機能には、耳の奥にある内耳が関わっている。同じ資料では、こう説明されている。発進と停止のくり返し、スピードの変化、前後・左右・上下(最も酔いやすい)、回転といった刺激を、内耳が受け取る。慣れない刺激がくり返されると情報過多となり、脳が混乱して自律神経に異常な信号を送る。
そこで出るのが、生あくび、冷や汗、顔面蒼白、手足の冷感、気持ち悪さだ。たとえば、後部座席で下を向いていた人が急に黙り込む。あの手前で起きているのがこれになる。

本を読んでいるあいだ、体は揺れているのに、目に映るものは止まっている。文字は手元にあり、視線は近くに固定され、外の景色は視界に入らない。内耳が受け取っている「動いている」と、目が見ている「止まっている」が、そろわない。
同じ資料には、ビデオゲームも乗り物酔いを引き起こすことが知られている、とも書かれている。手元の画面を見続けるという点で、本とゲームは同じ側にいる。スマートフォンで記事を読むのも、この列に入る。
どれくらいの人が経験しているのかも、同じ資料に数字がある。小中学校の児童・生徒の30〜40%で、女子のほうが男子より多い。幼児や高齢者は酔いにくく、小学校入学後から酔いやすくなり、高学年になるにつれて多くなる。これは児童・生徒についての数字なので、大人の割合をそのまま示すものではない。それでも、後部座席で子どもが先に参ってしまう理由の説明にはなる。
ここまでで、原因の側は分かった。次に、予防の6つをもう一度並べてみると、止められているものと止められていないものの線が見えてくる。
予防の6つを並べると、目と耳で扱いが違う
6項目のうち、5番目は「気分をまぎらわすため、歌をうたったり、ゲームをしたりする」だ。気をまぎらわすこと自体は、予防の側に入っている。
一方で4番目は「本を読まない」。名指しで止められているのは、目で文字を追うことのほうだと読める。
ただし、同じ資料がビデオゲームも酔いを引き起こすと書いていることは押さえておきたい。5番目の「ゲーム」を、手元の画面を見続ける遊びだと解釈すると、資料の中でつじつまが合わなくなる。しりとりや歌のような、画面を見ない遊びだと読むほうが自然だ。
つまり線は「気をまぎらわすか否か」ではなく、手元を見続けるか否かのほうにある。ここが、この記事でいちばん大事なところになる。

移動中の読書は、我慢では解決しない
結論を書く。読む形のほうを変えるしかない。目を鍛える話でも、慣れの話でもない。
「慣れれば平気になる」という言い方はよく聞くが、資料の書き方はむしろ逆だ。幼児は酔いにくく、小学校入学後から酔いやすくなり、高学年になるにつれて多くなる。乗った回数が増えれば減っていく、という形で説明されてはいない。
だから打ち手は2つに絞られる。移動中は読書をあきらめるか、手元を見なくても本文が入る形に替えるかだ。後者が成り立つなら、片道の時間がそのまま読書の時間になる。
耳で聴く形が、予防の項目とぶつからない理由
朗読で聴く形は、4番目の予防と同時に成り立つ。理由は3つある。
1つ目。手元を見なくていい。文字を追う動作がないので、視線を近くに固定せずに済む。遠くの景色を見たまま、本文だけが進む。
2つ目。目を閉じていられる。気分が重くなってきたら、そのまま目をつぶればいい。紙の本なら中断になる場面が、朗読では中断にならない。
3つ目。座る場所を選び直せる。予防の2番目には、バスは前から4・5番目の席、船は中央部とある。本を読むために窓側の明るい席を取る必要がなくなるので、席を酔いにくさで選べる。
ここで注意しておきたいのは、耳から聴けば酔わなくなる、という話ではないことだ。揺れそのものは変わらない。変わるのは、予防に挙がっている2つ(本を読まない・遠くの景色を見る)を守りながら、本の中身だけは進められるという点だけになる。
再生に使う道具も、車内では選び方が変わる。耳の穴をふさぐ型は、同乗者の声や車内放送が届きにくい。無線でつなぐ機器の違いはワイヤレス家電の仕組みと選び方(kadenz.click)が詳しい。
耳でも向かない場面がある
先に書いておく。次の4つの場面では、この方法はすすめない。
すでに気分が悪くなってから
悪くなり始めてから聴き始めても、たいてい楽にはならない。資料が最初に挙げている対処は「乗り物からおりてしまうのが最もよい方法」だ。続くのも、横になる、ベルトや衣服をゆるめる、腹式呼吸、頭部を冷やす、換気をよくする、の側になる。音を足すのは、その前の段階で意味がある。
運転する人
この記事は同乗者に向けて書いている。運転席では使わない。周囲の音が聞こえる型であっても、同じだ。
症状が続くとき
移動が終わっても気分の悪さが残る、毎回ひどくなる、といった場合は、過ごし方を工夫する話ではなくなる。医療機関で相談してほしい。
同乗者との時間が目的の移動
家族や友人と乗っているなら、会話のほうが本文より大事な日もある。その場合は、聴かない選択でかまわない。
逆に言えば、これ以外の移動では試す価値がある。次に、移動の形ごとの選び方を書く。
移動の形別に、何を選ぶか
移動の形が変われば、聴ける長さも、まわりの音の条件も変わる。目安を表にした。
| 移動の形 | だいたいの長さ | 向く作品 | 気をつけること |
|---|---|---|---|
| 車(送迎・買い物) | 20〜40分 | 1本で終わる短編 | 同乗者の声が入る型にする |
| 高速バス | 2〜4時間 | 1話ずつ切れる連作か中編 | 出発前に端末へ落としておく |
| 船 | 1〜3時間 | 目を閉じたまま聴ける随筆 | 予防の項目どおり中央部の席で |
| 飛行機 | 1〜3時間 | 長編の続き | 機内モードにしてから再生する |
| 帰省・長距離の車 | 半日 | 長編を往復で分ける | 休憩ごとに区切りを付ける |
圏外になる区間がある移動では、端末へ落としてから乗る。山あいの高速道路やトンネルの多い路線では、これをしていないと途中で止まる。

出発前に決めておく3つ
乗ってから考えると、手元を見る時間が長くなる。乗る前に決めてしまうほうがいい。
1つ目。作品を1本決めて、端末に落としておく。車内で一覧を眺めるのは、まさに手元を見続ける動作になる。画面を見るのは乗る前だけにしたい。
2つ目。耳の穴をふさがない型を使うか、片耳にする。同乗者の声、車内放送、到着の案内が届く状態にしておく。
3つ目。席を先に決める。バスは前から4・5番目、船は中央部。読書のために席を選ぶ必要がなくなったぶん、揺れの少ないところを取れる。
この3つを決めておけば、乗ったあとにすることは再生ボタンを押すことだけになる。
よくある質問
Q1. 音を聴くだけでも酔うことはありますか
A1. 揺れそのものは変わらないので、酔うときは酔う。この記事で書いているのは、予防に挙がっている「本を読まない・遠くの景色を見る」を守ったまま本の中身を進められる、という点だけになる。
Q2. 子どもに聴かせても大丈夫ですか
A2. 音量を下げて、車内のスピーカーから流す形なら家族で共有できる。後部座席の子どもに手元の画面を渡すより、下を向かせずに済む。
Q3. トンネルや山の中で止まりませんか
A3. 出発前に端末へ落としておけば、電波が届かない区間でも再生できる。その日の1本を決めてから乗るのが確実だ。
Q4. 合わなかったら、無料体験はどうなりますか
A4. 期間内であれば、そこで終わりにできる。移動中の過ごし方として合わなければ、続ける必要はない。条件や画面はキャンペーンで変わるので、申し込みの前にAmazon公式の表示を確かめてほしい。やめ方の手順はAudible無料体験の解約手順(kadenz.click)が詳しい。
こんな移動をしている人に
同じ「乗り物で本が読めない」でも、困っている場面はそれぞれ違う。近いものを探してみてほしい。
20代・高速バスの4時間が毎回つぶれる
帰省のたびに片道4時間。文庫を1冊持っていくが、10ページで気持ち悪くなって鞄に戻す。
30代・子どもが後部座席で酔う
自分より先に子どもが参ってしまう。窓の外を見なさいと言うしかなく、車内が静かになる。
40代・営業で助手席に乗る時間が長い
同僚の運転で移動する日は、資料も本も開けない。ただ座っているだけの1時間が週に何度もある。
60代・年に数回、船で島へ渡る
揺れる時間は2時間ほど。デッキに出れば楽になると分かっているが、その間ずっと何もできない。
50代・タクシーで書類を読もうとして失敗する
移動の10分で目を通しておきたいのに、下を向いた瞬間に胃のあたりが重くなる。
揺れる車内でも進む|移動の場面別カタログ
本を開く代わりに耳から入れるなら、選び方の軸は「長さ」だけではない。目を閉じられるか、途中で切れるか、同乗者がいるか。移動の形ごとに分けて並べた。
目を閉じたまま聴ける|語り手が一人の随筆と紀行
揺れているあいだは、目を閉じているのがいちばん楽になる。だからここには、筋を追わなくても成り立つ随筆と紀行だけを集めた。話が途切れても、次の一文からまた入れる。
19分。岡本綺堂が旅先の町を歩いた記録。窓の外の景色と並べて聴きたい人に
1時間3分。林芙美子の紀行と随筆を2編。往路のあいだに聴き終えたい人に
13分。寺田寅彦が科学を志す人へ書いた一編。信号待ちの多い道でも1本入る
11分。同じ寺田寅彦の随筆。到着まであと少し、という時間に足したい人に
出発してすぐ気分が変わる人へ|20分以内で終わる短編
乗ってから20分ほどで来る、というのは自分でだいたい分かっている。そこまでに1本が終わっていれば、悪くなる前に区切りが付く。ここは全部20分以内で、話が閉じるものだけにした。
11分。芥川龍之介が汽車の中を書いた一編。乗り物の中で聴くと場面がそのまま重なる
15分。小泉八雲の怪談から一編。短く、はっきりした筋を1本だけ聴きたい人に
15分。新美南吉の童話。子どもと一緒でも気まずくならない話を探している人に
20分。宮沢賢治の短編。出発直後の20分を、決めた1本で通したい人に
同乗者と話しながらでも戻れる|筋を知っている物語
誰かと乗っているときは、途中で話しかけられる。もう筋を知っている話なら、少し聞き逃しても分からなくならない。教科書で読んだ覚えのあるものを中心に選んだ。
20分。新美南吉の代表作を西村俊彦の声で。筋を知っているぶん、声の違いに気づける
38分。宮沢賢治の一編を古谷一行の朗読で。会話をはさんでも戻りやすい
26分。有島武郎が子どもの盗みを書いた短編。行きの車内で1本だけ聴きたい人に
44分。新美南吉の中編。渋滞に入っても、まだ先がある長さを持っておきたい人に
子どもと一緒の移動に|家族で聴ける物語
後部座席で先に参ってしまうのは、たいてい子どものほうだ。学会も「本を読まない」を挙げているので、下を向かせない過ごし方が要る。車内のスピーカーから流しても気まずくならない話を4つ。
1時間33分。宮沢賢治の物語。往路の大半をこれ1本でまかないたい人に
1時間51分。オルコットの物語を子ども向けにまとめた版。長めの移動を家族で通したい人に
26分。小川未明の一編。海沿いを走る道で聴くと、話の景色と外が近くなる
47分。宮沢賢治の童話。休憩をはさんでも、前半後半で分けやすい長さ
半日かかる移動に|長さで持たせる作品
船や飛行機、帰省の高速道路は、区切りのほうが来ない。ここは長さの順に並べた。行きで終わらなくても、帰りに続きから入れる。
2時間23分。中島敦の中編。船の2時間をこれ1本で通したい人に
3時間24分。小泉八雲の怪談をまとめた版。1話ずつ切れるので中断にも強い
6時間。中島敦が南の島で書いた長編。往復ぶんの時間がある人に
10時間33分。司馬遼太郎の長編を森川智之の朗読で。帰省の往復に持っていきたい人に
20時間5分。モンゴメリの長編。夏休みの移動を何回かに分けて進めたい人に
70時間36分。紫式部の全五十四帖。何年かかけて移動時間だけで読み切ってみたい人に
外の音が入ったまま聴ける道具
車内では、同乗者の声も車内放送も聞こえたままにしておきたい。耳の穴をふさがない型を3つだけ。運転する人は使わない。
耳をふさがない形で、会話をしながら流しておきたい人に
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こめかみ側から音を伝える型を、船のデッキなど風のある場所でも使いたい人に
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耳たぶに挟む形で、長い移動でも締めつけを減らしたい人に
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まとめ|変えるのは我慢ではなく、読む形のほう
乗り物酔いの予防6項目のうち、4番目が「本を読まない。遠くの景色を見る。」だった。移動中に本が読めないのは、集中力の問題ではなく、読書が予防の逆をいく動作だからだ。
体は動いているのに、目に映る文字は止まっている。この食い違いが続くと、脳が混乱して自律神経に異常な信号を送る。手元を見続ける限り、この構図は変わらない。
打ち手の2つのうち、片道の時間を捨てないほうを選ぶなら、手元を見なくても本文が入る形にする。次の移動でやることは3つだけだ。1本を決めて端末に落とす。耳をふさがない型か片耳にする。バスなら前から4・5番目、船なら中央部に座る。それで、これまで窓の外を見ているだけだった時間が、1冊のほうへ動きだす。

























