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ピアノコンクールの小説だと聞いて、身構える人がいる。楽譜が読めない。クラシックを知らない。しかも512ページある。この記事は、その3つを先に片づける。結末には触れない。
恩田陸『蜜蜂と遠雷』は、芳ヶ江国際ピアノコンクールに集まった4人の奏者を追う長編だ。単行本は2016年9月23日刊行、512ページ幻冬舎・書誌ページ。
この記事の最後には、恩田陸の本と映像を20点並べたカタログを置いている。どこから読むか迷っている人は、そこまで降りてほしい。
選ぶ人がまったく違う2つの賞を、同じ年に受けている
『蜜蜂と遠雷』は、第156回直木三十五賞と第14回本屋大賞を続けて受けた。この2つは、選ぶ人がまったく違う。
直木賞は、作家である選考委員が話し合って決める(日本文学振興会・受賞作一覧)。本屋大賞は、書店で働く人が投票して点数で決める。2017年の『蜜蜂と遠雷』は378.5点だった(本屋大賞・2017年受賞作)。
片方は「小説としてどうか」を職業作家が議論する場。もう片方は「店で売りたいか」を売り場の人が投票する場だ。目的が違うので、同じ本が両方の一位に来るとは限らない。
ついでに言うと、恩田陸が本屋大賞を受けたのはこれが2回目になる。1回目は2005年の第2回、『夜のピクニック』で374点だった(本屋大賞・2005年受賞作)。
では、なぜ性格の違う場所に同じ一冊が届いたのか。答えは、この小説の作りのほうにある。
4人の奏者と、審査の進み方
先に人物を並べておく。楽器を持たない16歳の風間塵。母の死をきっかけに弾けなくなった20歳の栄伝亜夜。楽器店に勤める28歳の高島明石。完璧な技術を持つ19歳のマサル幻冬舎・文庫上巻。
審査は段階を追って進む。2次予選の課題曲は「春と修羅」。この曲をどう弾くかが3次予選に進めるかどうかの分かれ道になり、3次予選には12人、本選には6人が残る幻冬舎・文庫下巻。
ここまでは、コンクール小説としては普通の作りだ。ただ、課題曲というのは全員に共通の曲を意味する。つまり同じ楽譜が、何人ぶんも書かれることになる。
そこがこの小説の芯だ。同じ曲なのに、誰が弾くかで文章の速さも、比喩の種類も変わる。読者は途中から「上手いか下手か」ではなく「これは誰の音か」を聞き分ける側に回っている。
だから楽譜が読めなくても置いていかれない。判断の材料が音楽の知識ではなく、その人の来歴のほうに置かれているからだ。書店員にも作家にも届いたのは、たぶんここだと思う。

ただし、この作りには読者を選ぶところがある。先に、向く人と向かない人を出しておく。
こんな人に向いています
向く人を先に、そのあとで向かない人を書く。
20代・ピアノを途中でやめた
やめた側の気持ちが書かれているかが気になっていました。楽器店に勤める28歳が出てくると聞いて、読む気になりました。
40代・クラシックは詳しくない
曲名を知らないと楽しめないのではと構えていました。判断の材料が曲の知識ではないと分かって、開けました。
60代・512ページに気後れする
分厚い本は最初のページで止まります。上下に分かれた文庫なら、456ページと512ページに割れるので運べます。
30代・音を文字で読むという発想がなかった
演奏の場面が文章でどう書かれるのか、そこだけが知りたくて手に取りました。
50代・演奏会に足を運ぶのが好き
実際のホールで聴く時間と、この本を読む時間は別ものだと思っています。どちらも欲しいので、家事の合間に耳で進めます。
逆に、こういう人には向きません
- 事件が起きる話を探している人。殺人も失踪も起きない。動くのは審査の結果と、4人の内側だけだ。
- 主人公が一人に決まっている話が好きな人。視点は4人のあいだを移る。誰に肩入れするかを、最後まで自分で決めることになる。
- 短い時間で読み切りたい人。文庫で上下968ページ、朗読で21時間14分ある。1日30分なら1か月以上かかる分量だ。
512ページか、上下968ページか、21時間14分か
先に答えを書く。初めて読むなら、幻冬舎文庫の上下がいい。1冊あたりが薄くて持ち歩けること、上巻で合わなければそこで止められること、この2つが理由だ。

単行本は512ページ・2,200円(税込)。文庫は上が456ページ、下が512ページで、どちらも924円(税込)、2019年4月8日の刊行だ上巻/下巻。
文庫のほうがページ数の合計は多いが、これは判型が小さくなったぶん行数が減るからで、本文が増えたわけではない。中身は同じものを、何冊に分けて持つかという話だ。
机に据えて一気に読む人なら単行本でいい。かばんに入れて往復で読む人なら文庫。どちらも手が塞がって開けない、という人には3つ目の形がある。
耳で聴くなら、島﨑信長と佐倉綾音の朗読で上下21時間14分
Audible版は上下に分かれていて、上が10時間32分、下が10時間42分。朗読は島﨑信長と佐倉綾音の2人が担当している(Amazonの商品ページによる)。合計で21時間14分になる。

この作品は演奏の場面が長い。目で読むと、どうしても文字を追う速さで進んでしまう。声で聴くと読み手の呼吸に乗るので、演奏の場面だけは耳のほうが合う人がいる。
1日30分なら約43日。往復1時間の通勤があるなら3週間ほどで届く計算だ。皿を洗う15分、駅までの10分。その細切れが積み上がって、上下2冊ぶんになる。
ちなみに、無料体験を試すときにいちばん多い不安は「やめ方が分からない」だと思う。手元の一台を選び直すなら、Soundcore Liberty 4 Pro ― Anker社の全部入りワイヤレスイヤホンに説明がある。先に読んでおけば迷わない。
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読む時間がないのではなく、座る時間がありません
手が塞がっている時間は、1日のうちに思っているより長くあります。
『蜜蜂と遠雷』を読んだ人が次に選びがちな本も、同じ棚に並んでいます。その時間に物語を流しておけるだけで、積んだままの一冊が動き出します。止めたところから再開できるので、細切れでも迷子になりません。
合わなければ、期間内にやめられます。
無料期間や対象はキャンペーンで変更されることがあります。申し込み画面で最新の条件をご確認ください。
6,559件の評価が示しているのは、何か
Audible版(上)の商品ページには、6,559件の評価で星4.4と表示されている。内訳は星5が64%、星4が24%、星3が8%、星2が2%、星1が2%。星3以下は合わせて12%だ。
下巻は2,795件で星4.5。上巻より評価は高いが、件数は半分以下になる。上巻で止まった人が一定数いる、という読み方はできる。ただし配信の時期や購入の仕方でも件数は変わるので、断定はしない。
ここで大事なのは、星の高さより星3以下が1割強あることのほうだ。合わない人がちゃんといる本で、その多くは「長い」「演奏の描写が続く」という向きの不満だと考えられる。上の「向きません」に書いたとおりだ。
映画版は119分。512ページから、何を持っていったのか
映画版は2019年10月4日公開。監督と脚本は石川慶、上映時間は119分。栄伝亜夜を松岡茉優、高島明石を松坂桃李、マサルを森崎ウィン、風間塵を鈴鹿央士が演じている。
512ページを119分に収めるので、削られる場所は必ずある。逆に、文章では書きようのない実際の演奏音は、映像のほうにしかない。どちらが上という話ではなく、残るものが違う。
順番を聞かれたら、原作が先だと答える。文章で音を想像したあとに映像を観ると、自分の頭の中で鳴っていた音と比べられる。先に映像を観ると、その比較ができなくなる。
読み終えたあと、まだ4人に会える『祝祭と予感』
本編を閉じたあと、同じ4人の続きが読める短編集がある。『祝祭と予感』、192ページ・全6編。文庫は2022年4月7日刊行、627円(税込)だ幻冬舎・書誌ページ。
収録されているのは、亜夜とマサルと塵が恩師の墓参りをする話、課題曲「春と修羅」を書いた作曲家の側から見た話、幼い塵と巨匠が出会う話など。本編で説明されなかった側から書かれている。
これは本編の後に読むものだ。先に開くと、本編で伏せられている来歴が分かってしまう。読み終えたその日に、そのまま続けるのがいちばん効く。
恩田陸を、ここからどう広げるか
『蜜蜂と遠雷』で気に入ったものが「才能」なのか「学校のような閉じた場所」なのか「後味」なのかで、次の一冊は変わる。下の表は、そのための地図だ。
| 作品 | レーベル | この記事を読んだ人へ |
|---|---|---|
| 祝祭と予感 | 幻冬舎文庫 | まずここ。本編の4人の続きが192ページで読める |
| チョコレートコスモス | 角川文庫 | 才能どうしがぶつかる話が好きだった人へ。舞台のオーディションが場所になる |
| 夜のピクニック | 新潮文庫 | 分厚いのが苦手な人へ。夜通し80キロを歩く学校行事の一日だけを書いた464ページ |
| 六番目の小夜子 | 新潮文庫 | 恩田陸のデビュー作。少し怖い側から入りたい人へ |
| 麦の海に沈む果実 | 講談社文庫 | 閉じた場所の話が好きだった人へ。全寮制の学園が舞台になる |
| ユージニア | 角川文庫 | 後味の重い側へ行きたい人へ。証言だけで過去を組み立てる作り |
レーベルの表記は各版元の書誌ページとAmazonの商品ページによる。『夜のピクニック』の464ページと第2回本屋大賞の受賞は新潮社・書誌ページ、『チョコレートコスモス』の576ページはKADOKAWA・書誌ページにある。
よくある質問
Q1. クラシックを知らなくても読めますか
A1. 読めます。曲名は出てきますが、判断の材料は曲の知識ではなく、弾く人の来歴のほうに置かれています。知っていれば楽しみが増える、という程度の関わり方です。
Q2. 上巻と下巻は、どちらから読めばいいですか
A2. 上からです。下巻は2次予選の課題曲のところから始まるので(幻冬舎・文庫下巻)、上巻だけでは本選まで届きません。上下巻セットもあります。
Q3. 映画版だけ観れば足りますか
A3. 別物として観るのがよいです。512ページを119分にしているので、原作の側にしかない場面があります。順番は原作が先をすすめます。
Q4. Audible版は上下で別の商品ですか
A4. 別々です。上が10時間32分、下が10時間42分で、合計21時間14分になります。どちらも朗読は島﨑信長と佐倉綾音の2人です。
Q5. 『祝祭と予感』は先に読んでも大丈夫ですか
A5. 本編のあとにしてください。本編で伏せられている来歴に触れる話が入っています。読む順番でいちばん損をしやすいのがここです。
続けて読みたい20点と、上下巻を持ち歩く道具
ここから下は商品の紹介になる。『蜜蜂と遠雷』本体、その続きの短編集、恩田陸の他の作品、映画版、そして上下2冊を持ち歩くための道具。軸ごとに分けてある。
まず『蜜蜂と遠雷』を、どの形で持つか
同じ本文が3つの形で出ている。ちがうのは中身ではなく、どこで読めるか。上下968ページを持ち歩くか、512ページを机に据えるか、21時間14分を耳に入れるか。
456ページ。紙の文庫。かばんに入る厚さで、行き帰りに開きたい人に
512ページ。紙の文庫。上巻を読み終えた足で、そのまま続けたい人に
上下をまとめて。途中で買い足す手間を、先に消しておきたい人に
512ページを1冊で。分けずに、机の上に据えて読み通したい人に
10時間32分。文字を追う体力が残らない日でも、上巻を進めたい人に
10時間42分。家事や運転の時間で、下巻を最後まで降りたい人に
読み終えたあと、同じ4人にもう一度会う
『祝祭と予感』は本編のあとに書かれた192ページの短編集。亜夜とマサルと塵の後日談に加え、課題曲を書いた作曲家の側の話まで入っている。本編を閉じたその日に開くのがいちばん効く。
192ページ・全6編。本編の余韻がまだ残っているうちに読みたい人に
本編を耳で聴き終えた流れのまま、同じ形で続きに入りたい人に
上下と短編集を一度に。読み終えたあとに探し直したくない人に
若い人が試される場所を書いた、恩田陸の4冊
コンクール、オーディション、学校。恩田陸は「まだ何者でもない人が、逃げ場のない場所で見られる」話を繰り返し書いている。『蜜蜂と遠雷』が刺さったなら、この4冊は同じ手触りがある。
576ページ。二人の女優がオーディションでぶつかる話を読みたい人に
464ページ。夜通し80キロを歩く学校行事の一日。短い距離で作風を確かめたい人に
恩田陸のデビュー作。学校に伝わる決まりごとから始まる、少し怖い側を読みたい人に
全寮制の学園に転入した少女の話。耳で長編に入りたい人に
謎と幻想の側の恩田陸
『蜜蜂と遠雷』から入った読者がいちばん驚くのが、この並び。同じ書き手が、後味の重い話も書いている。明るい一冊のあとに置くと落差が効く。
何が起きたのかを、周りの証言から組み立てていく話を読みたい人に
1冊の中に別の物語が入れ子になる作りを味わいたい人に
上下巻の長い一作に入りたい人に。まずは上巻から
上巻を読み終えて、そのまま結末まで行きたい人に
短編集。長編に入る前に、1話ずつ試したい人に
映画版を手元に置く
2019年公開の映画版は119分。512ページから何を残したのかを、原作を読んだあとで確かめられる。観るのは原作の後がいい。
演奏の場面を、音の情報量が多い形で観たい人に
手持ちの再生機がDVDまでの人に
上下968ページを、外へ持ち出すための道具
この本で現実的につまずくのは、上下2冊をどう運ぶかと、どこまで読んだかを見失わないこと。ここは価格を出しておく。
上巻と下巻に1枚ずつ。2冊を行き来しても、どこまで読んだかを見失わない
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512ページの単行本を開いたまま置ける。食事の時間も読み進めたい人に
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首から下げる読書灯。家族が寝たあとの寝室で読む人に
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カートに入れたまま、熱が冷めていませんか
筋を知っている本は、目で追うと退屈になります。読む力の問題ではありません。
朗読なら、知っている話でも声の演出で新しく聴こえます。同じ本を二度楽しむ、いちばん手軽なやり方です。
合わなければ、期間内にやめられます。
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この一冊の次に
この一冊を、いつ開くか
最後に、この記事でしか渡せないものを置いておく。読み始める前に決めておくと楽になるのは、次の3つだ。
- 形を先に決める。持ち歩くなら文庫の上下。机に据えるなら単行本。手が塞がる時間が長いならAudible版。
- 1日の分量を決める。文庫で1日30ページなら約1か月。朗読で1日30分なら約43日。一気に読み切ろうとしないほうが最後まで届く。
- 『祝祭と予感』は後に取っておく。本編を閉じた日の夜に開くと、いちばん効く。
そして、いちばん向いている時間を書いておく。予定が流れて半日空いた日だ。この小説は途中で切ると、誰の音の話をしていたか分からなくなる。まとまった時間を1回だけ用意できる日に開いてほしい。
























