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戦国の話だと聞いて避けている人と、ミステリだと聞いて構えている人が、たぶん半分ずついる。この記事は両方に向けて書く。結末には触れない。
米澤穂信『黒牢城』は、天正六年に織田信長へ反旗を翻した荒木村重が、有岡城に籠城しているあいだの話だ。単行本は2021年6月2日刊行、448ページKADOKAWA・書誌ページ。
次に何を読むかまで決めてから閉じたい人のために、記事の末尾に米澤穂信の本を中心とした20点を軸ごとに並べてある。
探偵は、牢から一歩も出られない
この小説のいちばん変わっているところを先に書く。謎を解く人が、現場に行けない。
城内で次々と起きる難事件に翻弄された村重は、土牢に捕らえた黒田官兵衛に謎を解くよう求める。城で起きる四つの事件が、そういう形で扱われるKADOKAWA・角川文庫版。官兵衛は牢から出られないので、村重が持ち帰った話だけで考えることになる。見方を変えると、城の中には探偵役が二人いる。聞いた話だけで解く官兵衛と、現場を歩いて材料を集め、答えをどう使うかを決める村重だ。
安楽椅子探偵という言い方がある。現場に出ずに、聞いた話だけで謎を解く探偵のことだ。官兵衛はその極端な形で、椅子どころか土牢から動けない。
ここまでは仕掛けの説明にすぎない。面白いのはその先だ。謎を解く人と、その答えを使う人が別々にいる。官兵衛は答えを出すが、それを城でどう扱うかを決めるのは村重のほうになる。
だから、謎が解けても事態が良くなるとは限らない。籠城している城の中では、真相が分かることと、みんなが助かることが、まったく別の話になる。ふつうの推理小説はここを重ねてくるので、その差が効く。

では、この二人はどういう関係だったのか。歴史の側の前提を、短く置いておく。
荒木村重と黒田官兵衛は、実在の人物だ
荒木村重は、天正六年に織田信長へ反旗を翻して有岡城に籠城した武将だ。黒田官兵衛は織田方の智将で、その城の土牢に幽閉されていたKADOKAWA・内容紹介。
天正六年は西暦1578年。本能寺の変の四年前にあたる。信長がまだ生きていて、天下の形が決まっていない時期だ。
歴史の知識がどこまで要るかというと、この段落ぶんで足りる。城が包囲されていること、外から兵糧が入らないこと、二人が敵味方であること。この3つが分かれば話は追える。
人物名は次々に出てくるが、覚えられなくても止まらない。事件が起きるたびに関係する人だけが前に出てくる作りなので、そのとき出てきた人だけを見ていればいい。
賞とランキングを、9つ取っている
この作品は受賞とランキングを合わせて9つ取っている。版元が9冠として一覧にしているので、そのまま並べる(KADOKAWA・受賞のお知らせ)。
| 賞・ランキング | 結果 |
|---|---|
| 第166回 直木三十五賞 | 受賞 |
| 第22回 本格ミステリ大賞 | 受賞 |
| 第12回 山田風太郎賞 | 受賞 |
| このミステリーがすごい!2022年版 | 国内編 第1位 |
| 週刊文春ミステリーベスト10 | 国内部門 第1位 |
| ミステリが読みたい!2022年版 | 国内篇 第1位 |
| 2022本格ミステリ・ベスト10 | 国内ランキング 第1位 |
| 2021年SRの会ミステリーベスト10 | 国内部門 第1位 |
| 週刊朝日「歴史・時代小説ベスト3」 | 第1位 |
ミステリのランキングで一位を取り、同じ年に歴史・時代小説のランキングでも一位を取っている。この2つの読者は、ふだん同じ棚を見ていない。両方に届いたことが、この本の性格をよく表している。
第166回の直木賞は2作同時受賞で、もう一作は今村翔吾『塞王の楯』だった(日本文学振興会・受賞作一覧)。同じ回に戦国の小説が2つ並んだ形になる。
こんな人に向いています
この本を手に取る理由は、人によってかなり違う。5通り並べておく。
30代・戦国の名前を覚えられるか不安
人物名が多い小説で何度か脱落しています。事件ごとに出てくる人が絞られる作りなら、追えそうだと思いました。
50代・ミステリは読むが歴史小説は避けてきた
合戦の描写が続くと疲れます。城の中だけで話が進むなら、いつも読んでいるものに近いはずです。
20代・分厚い本に慣れておきたい
読む力を戻したくて、長い一冊に挑むつもりです。閉じた場所の話なら途中で迷わずに済みそうです。
60代・時代小説はよく読む
合戦の場面が続く本は読み慣れています。籠城のあいだの城の内側だけを書いた話は、あまり読んだことがありません。
40代・城が出てくる話が好き
城そのものが舞台になる話を探していました。籠城のあいだの城の中だけ、というのが珍しいと思います。
逆に、こういう人には向きません
- 合戦の場面を読みたい人。舞台は包囲された城の中で、話は籠城しているあいだに動く。攻める側の描写を期待すると外れる。
- 読後感の軽い一冊を探している人。籠城の話なので、状況は基本的に良くならない。謎が解けたあとの後味は重い。
- 探偵が走り回る話が好きな人。この本の探偵は牢から出られない。動く役は城主のほうで、推理の場面は静かに進む。
528ページか、Kindleか、16時間19分か
先に答えを書く。戦国の小説を読み慣れていないなら、Audible版から入るのがいい。人名の読み方が最初から声で分かるので、名前でつまずく回数が減る。

角川文庫は528ページ・1,056円(税込)、2024年6月13日の刊行だKADOKAWA・角川文庫版。単行本は448ページだが、文庫は判型が小さいぶんページ数が増える。本文が増えたわけではない。
528ページを1日20ページずつなら約26日。16時間19分を1日30分ずつなら約33日。どちらもひと月ほどかかる分量で、そこは形を変えても短くならない。
読み慣れている人なら文庫でいい。寝る前に片手で読みたい人はKindle版。名前を目で覚えるのが苦手な人だけ、次の形を選んでほしい。
耳で聴くなら、荻沢俊彦の朗読で16時間19分
Audible版は16時間19分。朗読は荻沢俊彦が担当していて、2022年1月27日の配信だ(Amazonの商品ページによる)。
この作品を耳で進める利点は、はっきりしている。人名の読み方で止まらない。「村重」「官兵衛」くらいは読めても、城内の家臣の名前まで来ると、頭の中で読み方が定まらないまま進むことがある。声なら最初から確定している。
城主も家臣も、ひとりの朗読者が読み分けていく。映像の作り方から入りたいなら、長回しとは|映画史の代表作と個人で撮る撮影手順のほうが詳しい。
それでも、はじめての人がいちばん気にするのは「やめ方」だと思う。耳から離れて、部屋で鳴らす側に興味が向いたら、ホーンスピーカー入門:知っておきたい基礎知識を読むと早い。先に読んでおくと構えずに済む。
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途中で閉じたページに、忘れ物はありませんか
1冊ずつ選ぶのは、それ自体が労力です。外したときの後悔も先に立ちます。
『黒牢城』のような作品を、通勤の往復だけで1冊ずつ片づけている人がいます。聴き放題の対象なら、順番を決めずに次々と試せます。合わなければ途中でやめて、別の一冊へ移ればいい。選ぶ前に、聴いて決められます。
合わなければ、期間内にやめられます。
無料期間や対象はキャンペーンで変更されることがあります。申し込み画面で最新の条件をご確認ください。
3,043件の評価は、何を示しているか
Audible版の商品ページには、3,043件の評価で星4.3と表示されている。内訳は星5が57%、星4が28%、星3が11%、星2が3%、星1が1%。星3以下は合わせて15%だ。
9つの賞とランキングを取った本で、星3以下が15%というのは、決して少なくない。賞やランキングは作家や書評家が選ぶもので、読者一人ひとりの相性とは別のところで決まる、ということでもある。
合わない人が1割5分いる本だ。上の「向きません」に書いた3つのどれかに当てはまるなら、無理に手を出さなくていい。逆に、当てはまらないなら相性はかなり良い側だと思う。
歴史小説として読むか、ミステリとして読むか

この本は、どちらから入っても読める。ただ、どちらから入るかで面白い場所が変わる。
ミステリとして読む人は、四つの事件そのものを追うことになる。城という閉じた場所で起きるので、関わる人も動ける範囲も限られている。条件が絞られているほど、推理は組み立てやすい。
歴史小説として読む人は、事件よりも村重の立場のほうを見ることになる。反旗を翻した側の城主が、外から兵糧を断たれながら、内側の人心も繋ぎとめなければならない。事件はその負荷の一部として起きる。
おすすめの入り方を一つだけ書くと、ミステリとして読み始めて、途中から歴史小説として読み直すのがいい。事件を追っているうちに、城の中の空気が変わっていくのが分かるようになる。
米澤穂信を、ここからどう広げるか
『黒牢城』は米澤穂信の中ではかなり重い一冊だ。次に読むものは、この本の何が良かったかで変わる。下の表がその地図になる。
| 作品 | レーベル | この記事を読んだ人へ |
|---|---|---|
| 満願 | 新潮文庫 | 後味の重さが良かった人へ。全6編の短編集で、第27回山本周五郎賞を受けている |
| 儚い羊たちの祝宴 | 新潮文庫 | もっと短い単位で読みたい人へ。1話ずつ独立している |
| 王とサーカス | 創元推理文庫 | 事件を外から見る人の話が良かった人へ。474ページの長編 |
| 真実の10メートル手前 | 創元推理文庫 | 同じ人物の話を、330ページの短編で読みたい人へ |
| 氷菓 | 角川文庫 | 重さから離れたい人へ。人が死なない学校の話から入れる |
| 春期限定いちごタルト事件 | 創元推理文庫 | 252ページ。いちばん軽いところから試したい人へ |
| 塞王の楯 | 集英社文庫 | 同じ第166回直木賞のもう一作を、読み比べたい人へ |
『王とサーカス』474ページと『真実の10メートル手前』330ページ、『春期限定いちごタルト事件』252ページは、東京創元社の書誌ページ王とサーカス/真実の10メートル手前/春期限定いちごタルト事件による。『満願』の全6編と山本周五郎賞は新潮社の書誌ページにある。
よくある質問
Q1. 戦国時代に詳しくなくても読めますか
A1. 読めます。必要なのは、城が包囲されていること、外から兵糧が入らないこと、村重と官兵衛が敵味方であることの3つだけです。それ以外の背景は本文の中で説明されます。
Q2. ミステリとしては本格ですか
A2. 第22回本格ミステリ大賞を受けています。会員の投票で決まる賞で、有効投票63票のうち15票。芦辺拓『大鞠家殺人事件』も同じ15票で、2作同時受賞になりました(本格ミステリ作家クラブ・第22回受賞作)。
Q3. 単行本と文庫でページ数が違うのはなぜですか
A3. 判型が違うからです。単行本は448ページ、角川文庫は528ページですが、本文が増えたわけではありません。1ページあたりの行数が減ったぶん、総ページ数が増えています。
Q4. Audible版の朗読は何人でやっていますか
A4. 荻沢俊彦の一人朗読で、16時間19分です。城主も家臣も同じ声が読み分けます。人名の読み方が最初から声で確定するので、名前で止まりにくくなります。
Q5. 米澤穂信を初めて読むなら、これでいいですか
A5. 重い側から入ることになります。人が死なない学校ものから入りたいなら『氷菓』、短い単位で試したいなら『春期限定いちごタルト事件』のほうが軽い入口です。
20点のカタログと、16時間19分を耳で運ぶ道具
ここから下は商品の紹介になる。『黒牢城』本体、短編の米澤穂信、太刀洗万智の2冊、高校の図書室で謎を解く2冊、古典部と小市民の2つのシリーズ、同じ回のもう一作、そして耳で聴くための道具。軸ごとに分けてある。
『黒牢城』を、どの形で読むか
戦国の名前と役職が最初にまとめて出てくる小説なので、どの形で持つかで最後まで届くかが変わる。528ページを運ぶか、文字を大きくして読むか、16時間19分を耳に入れるか。
528ページ・1,056円。かばんに入れて、行き帰りで少しずつ進めたい人に
文字の大きさを変えられる。寝る前に片手で読みたい人に
16時間19分・朗読は荻沢俊彦。名前を目で覚えるのが苦手な人に
直木賞の前にある、短編の米澤穂信
『黒牢城』は448ページの長編だが、この作家の名前を広げたのは短編のほうだった。1話ずつ独立していて、どこから開いても終わりまで行ける。
全6編・第27回山本周五郎賞。1話ずつ独立しているので、まず作風だけ確かめたい人に
短編集。最後の一行で足元が抜ける読み味を試したい人に
太刀洗万智 ── 事件を外から見る人の2冊
『黒牢城』の官兵衛は、事件の外にいて謎だけを渡される。同じ「外から見る人」を現代で書いたのが、ジャーナリスト太刀洗万智の出てくるこの2冊。
474ページの長編。異国での大事件を、長い距離で追いたい人に
330ページ。同じ人物の話を短編で読みたい人に
古典部シリーズ ── 米澤穂信のいちばん入りやすい入口
人が死なない学校の話から入りたいなら、ここ。刊行順に並べているので、上から順に読めば迷わない。
シリーズ第1作。まず1冊、いちばん軽いところから始めたい人に
第2作。第1作が合ったら、そのまま続けたい人に
第3作。文化祭を舞台にした一作を、端末で読みたい人に
第6作の短編集。シリーズを追ってきた人が、その後を読みたいときに
小市民シリーズ ── 季節と甘いものの5冊
1冊ごとに季節と菓子が変わり、春から冬までで一区切りになる。テレビアニメの原作でもあるので、映像から入った人はここから。
252ページ・シリーズ第1作。春から順番に読み始めたい人に
第2作。第1作の空気が気に入った人に
第3作の上巻。ここから少し長くなる
上巻の続き。秋の一作を最後まで通したい人に
第4作。春夏秋のあとに置いて、季節を一周させたい人に
高校の図書室で謎を解く2冊
古典部より少し新しい学校ものが読みたい人へ。高校の図書委員の二人が出てくる2冊で、刊行順はこの並びになる。
1冊目。学校ものをもう1シリーズ試したい人に
2冊目。1冊目が合ったら続けて読みたい人に
同じ第166回直木賞で並んだ、今村翔吾『塞王の楯』(上下巻)
第166回の直木賞は2作同時受賞だった。『黒牢城』と並んで選ばれたのが今村翔吾『塞王の楯』。同じ戦国を、城を攻める側と守る側の技術から書いている。読み比べると、同じ回で何が並んだのかが分かる。
同じ第166回直木賞のもう一作。攻める側の技術から書いた上巻
下巻。上巻から続けて、もう一作を通しで読みたい人に
16時間19分を、耳で運ぶための道具
この本を耳で進めるなら、道具はひとつだけ考えればいい。家の中で使う時間が長いので、耳をふさがない形が扱いやすい。ここは価格を出しておく。
耳に掛ける形。台所やベランダでも、家族の声が聞こえたまま聴ける
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耳のふちを挟む形。眼鏡やマスクと重ならないほうがいい人に
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同じ耳掛け形で、価格を抑えたい人に。まず1つ試したい場合の入口
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読みたい気持ちだけが膨らんで、ページは白いままです
筋を知っている本は、目で追うと退屈になります。読む力の問題ではありません。
朗読なら、知っている話でも声の演出で新しく聴こえます。同じ本を二度楽しむ、いちばん手軽なやり方です。
合わなければ、期間内にやめられます。
無料期間や対象はキャンペーンで変更されることがあります。申し込み画面で最新の条件をご確認ください。
読み終えたあとで
最初の30ページを、どう越えるか
ここまで降りてきた人にだけ渡すものを、最後に置いておく。この本で脱落するとしたら、ほぼ最初の30ページだ。人物と状況が一度に出てくるからで、そこさえ越えれば速度が変わる。
- 最初は名前を覚えようとしない。事件が起きるたびに、関係する人だけが前に出てくる。覚えるのはそのときでいい。
- 村重と官兵衛の2人だけ押さえる。片方は城を歩ける城主、片方は牢から出られない囚人。この対比だけ持っていれば迷わない。
- 名前で止まるなら、形を変える。16時間19分の朗読なら、読み方は最初から声で決まっている。名前が理由で止まっているだけの人は、これで越えられる。
そのうえで、この本がいちばん効く時間を書いておく。外が寒くて、出かける気がしない夜だ。包囲された城の中の話を、暖かい部屋で読むという矛盾が、この小説にはよく合う。























